【ええやん リハビリ】第二回 激変した体と人生を受け止められない!/ 社納 葉子さん寄稿ブログ
2026.04.12
このブログは、女性作家社納葉子さんが当施設へ寄稿くださったものです。
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「大阪でリハビリゆうたらここやで」
と何人もの人から言われた病院に
すんなり転院できたのは幸運だった。
2週間あまりを過ごした急性期病院から
介護タクシーに乗って移動する間、
まちの風景に胸がいっぱいだったのを覚えている。
この時はまだ車いすで、
ただ立つのにも時間がかかった。
何しろ損傷した脳は立ち方すら忘れ、
体に指令を出せないのだ。
「ええっと、どうやって立つんやったっけ?」
と悩む日がくるとは、誰が想像できようか。
それでも私は「リハビリ」に期待していた。
正確に言うと、リハビリしかなかった。
睡眠と食事以外の時間はすべてリハビリに注ぎ、
何が何でも「元の生活」に戻る。
それ以外、考えられなかった。
・・・・・
今、思う。
他の人はどんな気持ちやったんかなあ。
当時はコロナ禍の真っ只中で、
4人部屋は常にカーテンで区切られ、
患者同士のおしゃべりも控えるよう言われていた。
デイルームに集まることも原則禁止。
お互いの気持ちを話し合える環境はなかった。
前回書いたように、
現実が見えてきた私は意気消沈し、
落ち込んだ。
言葉には出さないけれど
「受容」を促そうとする
(と私は感じた)若い療法士さんと
気持ちがすれ違うのも感じていた。
療法士さんたちに
問題があったのではない。
体も生活も激変し、
人生そのものの立て直しに直面した私には、
落ち込みも現実の否定も避けられない経過だったのだと思う。
ほんの2ヶ月で、
それもまだ入院中に、
「現実を受け入れて前向きに」
なんてとてもなれなかった。
それでもリハビリには
真面目に取り組んでいた。
この体がいったいどこまで回復するのか。
そもそもこの病気の「回復」とは何か。
それまでの病気の経験とは
どうやらまったく違うらしいことに
取り乱しながらも、
リハビリを「しない」という
選択は考えられなかった。
とにかく生きていくしかないのだから。
つづく
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